鏡の法則で自分を責める時、相手の行動と自分の責任を分ける

引き寄せや潜在意識について学んでいると、「目の前の相手は自分を映す鏡」という鏡の法則に触れることがあります。

でも、誰かに嫌なことをされた時、「相手にこんな欠点があるということは、自分にも同じ欠点があるのかもしれない」と考え始める。自分の内面を振り返っても答えが見つからず、もっと自分を見直さなければいけない気がしてしまう。そんなことはないでしょうか。

こんにちは、タカヤです。

こういう時に分けて考えたいのは、相手が実際にしたこと、自分が実際にしたこと、そして自分について推測していることです。自分に直したい行動があるなら、それを見直すことはできます。でも、相手の行動を見て、自分にも同じ欠点があるはずだと決めつける必要はありません。

相手の行動を、自分の欠点の証拠にしない

例えば、誰かから嫌な対応をされた時、「自分も人に同じことをしているから、こういうことが起きたのかな」と考えたとします。自分の行動を振り返ること自体は悪くありません。ただ、そう考えたことだけで、自分にも同じ問題があると確認できたわけではないんです。

実際に自分が何をしたのかと、「自分はこういう人間だから、こういうことが起きた」という解釈は別です。具体的な行動を確認しないまま内面の欠点を探し続けても、何を修正すればいいのかは分からないままです。

架空例:趣味の集まりで集合時刻の連絡が遅れた

例えば、こんな架空の場面で考えてみます。大人同士の趣味の集まりで、次回の集合時刻は、取りまとめ役の友人が前週までに参加者へ共有すると、あらかじめ決めていました。ところが、確定した時刻が届いたのは前日の夜。準備の都合もあり、受け取った人は困ってしまいます。

この人は、以前、同じ友人が取りまとめた別の集まりで、自分の参加可否の返信を遅らせたことがありました。そこで「自分も返事が遅れたことがあるから、今回の連絡の遅れも自分に原因があるのかな」と考え始めます。

ここで確認できるのは、今回、集合時刻の連絡が約束した時期より遅れたことと、別の回で自分の返信が遅れたことです。その過去の返信遅れが今回の連絡にどう関係しているのかは、まだ分かりません。鏡の法則の解釈だけで、原因を結びつけることはできないんです。

自分にも実際の修正対象がある場合

この人が以前、参加可否の返信を遅らせたことは、実際にあった行動として確認できます。ならば、その時の返信について必要なら謝り、次からは決められた期限までに返すようにする。それは、自分で修正できる具体的な行動です。

一方で、今回の集合時刻の連絡が遅れたことについては、相手に確認できていない事情もあります。自分の返信が遅れた経験があるからといって、今回の相手の行動まで自分の責任として引き受ける必要はありません。

例えば、次のように伝えることもできます。

「前回、私も参加の返事が遅れてしまったので、次からは期限までに返すようにします。今回、集合時刻が前日の連絡だと準備が難しかったので、次回は決めた日までに共有してもらえると助かります。」

自分の行動を見直すことと、相手に今後の改善をお願いすることは両立します。自分の内面を完全に理解できるまで、必要な依頼を保留することもありません。

架空の趣味の集まりを例に、今回の相手の連絡遅延と自分の別回の返信遅延を分け、両者の関係は未確認のまま、自分の行動修正と相手への改善依頼を並べて示した図。

同じ行動が確認できない場合は、無理に欠点を探さない

ここは前提を変えた対照例です。関係する実際のやり取りを確認しても、自分が期限を破ったなどの同じ行動が見つからない場合もあります。

その時、「無意識では同じことをしているはず」「自分が気づいていないだけかもしれない」と、過去のあらゆる行動を探し続ける必要はありません。今確認できる範囲では、自分に同じ行動があったとは分からない。それなら、無理に欠点を作り出さず、今回の連絡が遅れた理由も未確認のままにしておけます。

準備に支障があったなら、次回は決めた日までに集合時刻を共有してほしいと伝えることもできます。相手がなぜ遅れたのかを決めつけず、実際に困ったことと、これからお願いしたいことを分ければいいんです。直接伝えることで危険が生じる場合は、無理に対決せず、安全を優先してください。

鏡の法則を、実際の対応に使う

僕は、学んだ教えに自分を合わせて責め続けるより、自分が望む生き方のために教えを使いたいと思っています。鏡の法則の解釈を決めることにとどまらず、実際に確認できたことから、自分がどう対応したいかを考えてみてください。

今の状況や望みを整理したい時は

相手との出来事をどう受け止めたいのか、自分はこれからどうしたいのかを整理したい場合は、無料の5つの選択式質問も使えます。鏡の法則の正しい解釈を判定するものではなく、今の状況や望みを整理するためのものです。

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